2014年06月18日

太宰府天満宮 学問の神様

2014年5月13日(火)撮影

太宰府天満宮
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菅原道真公をお祀りする天満宮の総本宮


*太宰府天満宮とは*
●天神さまと太宰府天満宮
太宰府天満宮は、菅原道真(すがわらのみちざね)公の御墓所(ごぼしょ)の上にご社殿を造営し、その御神霊(おみたま)を永久にお祀りしている神社です。
「学問・至誠しせい・厄除けの神様」として、日本全国はもとより広く世のご崇敬を集め、年間に約700万人の参拝者が訪れています。
●成り立ち
道真公は、承和12年(845)に京都でお生まれになりました。
幼少期より学問の才能を発揮され、努力を重ねられることで、一流の学者・政治家・文人としてご活躍なさいました。
しかし、無実ながら政略により京都から大宰府に流され、延喜3年(903)2月25日、道真公はお住まいであった大宰府政庁の南館(現在の榎社)において、ご生涯を終えられました。
門弟であった味酒安行(うまさけ やすゆき)が御亡骸を牛車に乗せて進んだところ、牛が伏して動かなくなり、これは道真公の御心によるものであろうと、その地に埋葬されることとなりました。
延喜5年(905)、御墓所の上に祀廟(しびょう)が創建され、延喜19年(919)には勅命により立派なご社殿が建立されました。
その後、道真公の無実が証明され、「天満大自在天神(てんまだいじざいてんじん)」という神様の御位を贈られ、「天神さま」と崇められるようになりました。
長い年月、道真公へのご崇敬は絶え間なく続き、御墓所でもある太宰府天満宮は全国約12,000社ある天神さまをお祀りする神社の総本宮と称えられ、今日でも多くの参拝者が訪れています。
●学問の神様
道真公は、5歳にして和歌を詠まれるなど幼い頃より聡明で学問に親しみ、さまざまな分野において卓越した才能をおもちでした。
数々の難関試験に合格し異例の早さで朝廷の要職につかれ、国家のために善政を尽くされました。
さらに歴史書や漢詩書などの編纂(へんさん)を手がけるなど、学問的、文化的功績を数多く遺されたことから、当代随一の学者、文人、政治家と称されました。
道真公の死後、そのお人柄や、学問分野に代表されるご事績を多くの人が慕い、「学問の神様」としての信仰が広がっていきました。
●至誠(しせい)の神様
当代随一の学者・政治家であった道真公は、天皇さまの厚い信任を受け、日本の発展のため誠心誠意尽くされ、多くの人々にご尊敬されました。
その後、政略により無実ながら大宰府に左遷されましたが、皇室のご安泰と国家の平安、またご自身の潔白をひたすら神々にお祈りされました。
やがてご逝去なされた後に、その誠心は天に通じ、朝廷でも罪なきことが証明され、「天満大自在天神」の神様の御位を贈られ、「天神さま」とご崇敬されるようになりました。
生涯一貫して誠を尽くされた道真公の清らかな生き方は、1,100年以上が経過した現代においても世の多くの人々に共感され、「至誠の神様」として篤く信仰されています。
●厄除けの神様
寛和2年(986)に始められた「鬼すべ神事」をはじめ、当宮には古来より除災招福(じょさいしょうふく)を願う祓え神事の記録が数多く残されており、その信仰は今日まで形を変えながらも連綿と受け継がれています。
太宰府の里人の間では、天神さまがこよなく愛された梅の木の下で「ひょうたん酒」を飲むと厄から逃れられるという信仰があり、44歳(数え年、以下同じ)を厄年としてご祈願を受ける風習が残されています。
さらには、41歳の厄入りの男性と61歳の還暦の男女が一年の厄や災いを除き、これから先の人生を幸福に過ごせることを祈願して、天神さまに梅の木を奉納する行事が毎年行われています。
厄除けのご祈願は一年を通じお受けいただくことができ、その中でも毎年2月に斎行される「節分厄除祈願大祭」には天神さまのご神徳を慕い多くの方々がご参拝に訪れます。
(太宰府天満宮ホームページより)


本殿の横にいた狛犬ちゃん
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白くて可愛い狛犬ちゃん!!!
愛らしい目もステキ★
今まで出会った狛犬ちゃんで最も上品な感じがする狛犬でした


神職さん
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本殿中を通りました


本殿の中に祀られている鏡
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巫女さん
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実は・・ぴかっぱは学生のときに巫女さんのバイトをしたことがあります←カミングアウト


本殿中
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禰宜 八坂宣匡さん(だと思われる)
太宰府天満宮ホームページに神職さんのページがあり顔と名前が!!!
みなさんイケメンでした


*子供の神様*
問に親しみ、誠を尽くされた天神さま。
真面目でひたむきなそのお人柄は、日本人のあるべき姿として共感され、篤い信仰を集めてきました。
また、江戸時代には子供たちが学ぶ寺子屋の普及とともに、「学問の神様」である天神さまは、人々の間で「子供の守り神」として慕われるようになりました。
今日でも、初節句のお祝いに天神人形を贈り、子供の無事成長と将来の学業上達を願う風習を残す地域もあります。
「学(まなび)の社(やしろ)」と称される太宰府天満宮。
これまでも、そしてこれからも、未来を担う子供たちが天神さまに見守られながら、正しい真の日本人として立派に育くまれていくことでしょう。
(太宰府天満宮ホームページより)

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「学問の神様」と「子供の神様」・・こがっぱよ、恩恵受けられるといいね

太宰府天満宮マップ
大宰府天満宮マップ.jpg
本殿、白い狛犬、神職さん、巫女さん

*ぴかっぱのすぴ☆散歩*
太宰府天満宮【本殿】:★★★★★★★★★★(星10こ)

「学問の神様」の総本宮はさすがでした


posted by ぴかっぱ at 05:54| Comment(0) | 九州旅行(湯布院ー博多) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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